本文へ移動
Stay in WaikīkīIsland Colony · 720号室

第3章 · 文化と言葉

ハワイの歴史と言葉

ʻIolani PalaceやBishop Museum、ハワイ語の教育活動を通して、この土地の歴史と、ここに暮らす人々について学ぶことができます。

ʻIolani Palace(イオラニ宮殿)

ハワイ王国

Downtown HonoluluにあるʻIolani Palaceの正面
ʻIolani Palace · Downtown HonoluluJason Raia · CC BY 2.0

Downtown HonoluluにあるʻIolani Palaceは、Kalākaua王とLiliʻuokalani女王の住まいでした。1882年に完成し、王室の居住地であるとともに、政治の中心でもありました。

1887年、Kalākaua王は「銃剣憲法」と呼ばれる憲法の受け入れを強いられました。これにより王権が制限され、政治的な権力は富裕な外国人勢力へと移りました。後にLiliʻuokalani女王は、王権とハワイ先住民の参政権を回復するため、新憲法の制定を目指しました。

1893年の王政転覆

1893年1月17日、アメリカ系・ヨーロッパ系の実業家らが率いる「安全委員会」が女王の政府を倒し、臨時政府の樹立を宣言しました。アメリカ公使John L. Stevensはこれを支持し、米軍艦ボストンの部隊もHonoluluに上陸していました。

Liliʻuokalani女王は流血を避けるため、抗議の意思を示しながら統治権を明け渡しました。アメリカが女王の統治権を回復することを期待していましたが、実現しませんでした。1895年、王政復古を目指す動きの後、女王は宮殿の上階の一室に幽閉されました。

王政転覆とアメリカによる併合は、別々の出来事です。1897年には2万1,000人を超えるハワイ先住民が併合反対の請願書に署名しました。それでもアメリカは、1898年に議会の合同決議によってハワイを併合しました。

ʻIolani Palace · 宮殿の歴史 · 米国国立公文書館:王政転覆・請願・併合

ハワイに暮らす人々

「Hawaiian」は、ハワイ先住民族、その言語や文化を指します。ハワイに住む人全員を意味する言葉ではありません。Office of Hawaiian Affairsでは、土地や文化の保全など、ハワイ先住民のコミュニティに関わる課題について知ることができます。

幾世代にもわたる移住も、ハワイの暮らしを形作ってきました。プランテーションで働くために、中国、ポルトガル、日本、韓国、プエルトリコ、フィリピンなどから人々が渡ってきました。その子孫たちが受け継ぐ食文化や言葉は、今もOʻahuの日常に息づいています。

Office of Hawaiian Affairs · ハワイの伝統と移住の歴史

Bishop Museum(ビショップ博物館)

Bishop Museumには、ハワイと太平洋の歴史・文化・自然に関する資料が収蔵されています。訪問前に展示やプログラムをご確認ください。

Bishop Museumの来館案内 ↗

ʻŌlelo Hawaiʻi

ハワイ語と発音

ハワイ語はポリネシア語派の言語です。ハワイ王国では政治、学校教育、日常生活で使われていました。家庭や教育者が中心となり、次の世代へ言葉を伝える活動を続けています。

ʻAha Pūnana Leoは1983年に活動を始め、1984年にKauaʻi島のKekahaで、ハワイ語を使って保育・教育を行う最初の幼稚園を開きました。

ハワイ大学ヒロ校:ハワイ語について · ʻAha Pūnana Leoの歴史

ʻ

ʻOkina

喉で息を一瞬止める音を表す子音です。英語の「oh-oh」の音の切れ目に似ています。OʻahuやHawaiʻiにも使われています。

ā

Kahakō

母音の上に付く横線で、その音を長く発音することを表します。Waikīkīの2つのīがその例です。

ʻOkinaとkahakōは、発音にも意味にも関わります。ハワイ語を書く際は省略せず、実際の音は音声ガイドで確認してみてください。

ハワイ大学:発音記号について · 発音を音声で聞く ↗

よく見かけるハワイ語

発音を聞く

あいさつ・会話

Aloha
こんにちは、さようなら。愛情や思いやりも表します。
Mahalo
ありがとう。
A hui hou
また会う日まで。
E komo mai
ようこそ。どうぞお入りください。
E kala mai
すみません。お許しください。
Kōkua
手助け、助力。

道案内・標識

Mauka
山の方へ。内陸へ。
Makai
海の方へ。
Kai
海。
Wai
淡水。
ʻĀina
土地。
Kapu
制限されている、禁じられている、神聖である。立ち入りに関する標識では「立入禁止」の意味です。

人・家族

ʻOhana
家族。
Keiki
子ども。メニューでは子ども向けの料理によく使われます。
Kūpuna
年長者、祖先。Kupunaの複数形です。
Kāne
男性。
Wahine
女性。
Kamaʻāina
その土地で生まれた人、または長く暮らしている人。

食べもの・メニュー

ʻOno
おいしい。
ʻAi
食べる。食べもの。
Poke
小さく切ること。メニューでは通常、切った生魚を使った料理を指します。
Kalo
タロイモ。
Poi
加熱したタロイモに水を加え、ついてペースト状にしたもの。
Kālua
地中のかまどで調理すること。

Pidginの言葉と表現

Pidginは「ハワイ・クレオール英語」とも呼ばれます。異なる言語を話す人々が、ハワイの地域社会やプランテーションで意思を通わせる中で発達しました。ハワイ語とは別の言語で、独自の文法があります。

Howzit
「元気?」「調子はどう?」に近い、気軽なあいさつ。
Shoots
「了解」「いいね」のように、同意や承諾を表します。
Da kine
文脈から分かる物・人・考えを指す、「あれ」「あのこと」のような言葉。
Talk story
おしゃべりしたり、近況や思い出を語り合ったりすること。
Slippahs
ビーチサンダル。
Broke da mouth
とてもおいしい食べものを褒める表現。
Auntie / Uncle
年上の女性・男性への、親しみと敬意を込めた呼びかけです。親戚とは限りません。相手との関係や、その場での呼び方に合わせましょう。
Brah
「Brother」に由来する、親しい相手への呼びかけ。
Grind / Grindz
Grindは「食べる」、grindzは「食べもの」の意味です。

これらの表現の一部は、ハワイで日常的に話される英語にも使われます。

表現の出典:ハワイ大学ヒロ校の言語ガイド。歴史・文法・借用語について:ハワイ大学Charlene Junko Sato Center

現地でのマナー

文化的な場所では、管理する方々の案内に従ってください。立ち入りが認められた道を歩き、石を動かしたり持ち帰ったりせず、儀式や参加者を撮影する前には許可を求めましょう。

住宅の近くでは車の出入口を塞がず、大きな音を出さないようにしましょう。公共のビーチ通路を利用し、私有地や立入禁止の表示をお守りください。

海に入る前にライフガードに海況を確認し、掲示されている注意に従ってください。野生動物には近づきすぎないようにしましょう。

ハワイ旅行のマナー · ハワイの海の安全情報

ハワイゆかりの人物

ハワイ先住民の指導者、芸術家、スポーツ選手、そして知識を次世代へ伝えてきた人々。

王室・外交

Kalākaua王(カラカウア王)

現在のʻIolani Palaceを建てた王です。1881年の訪日では明治天皇と会見し、ハワイと日本の関係を深めました。

在ホノルル日本国総領事館 ↗

主権・音楽

Liliʻuokalani女王(リリウオカラニ女王)

ハワイ王国最後の君主で、「Aloha ʻOe」の作曲者でもあります。著作や音楽、ハワイの主権を守ろうとした活動は、今も大切に語り継がれています。

Liliʻuokalani Trust ↗

教育

Bernice Pauahi Bishop王女

自らの遺産を、ハワイ先住民の子どもたちの教育に役立てるよう遺言しました。その遺志に基づく信託によってKamehameha Schoolsが設立され、1887年に最初の学校が開校しました。

Kamehameha Schools ↗

医療

Emma王妃(エマ王妃)

1859年、Kamehameha IVとともにThe Queen’s Hospitalを設立しました。ハワイの人々の健康を支えるために始めた活動は、現在のThe Queen’s Health Systemsへと受け継がれています。

The Queen’s Health Systems ↗

言葉・文化の継承

Mary Kawena Pukui

学者、翻訳者、hulaの専門家として、ハワイの知識を次世代へ伝えた人物です。著書には、ことわざや詩的な表現を集めた『ʻŌlelo Noʻeau: Hawaiian Proverbs & Poetical Sayings』があります。

Bishop Museum ↗

伝統航海術

Nainoa Thompson

航海師Mau Piailugに学び、1980年に近代的な航海計器を使わず、HōkūleʻaでTahitiまで航海しました。その後も星や波など自然の手がかりを使う航海術を、次世代の航海者たちに伝えています。

Polynesian Voyaging Society ↗

ライフガード・サーフィン

Eddie Aikau

Waimea Bayのライフガードで、大波に乗るサーファーでもあり、多くの人命を救いました。1978年、Hōkūleʻaが転覆した際に助けを求めてボードで漕ぎ出し、そのまま行方不明になりました。

Eddie Aikau Foundation ↗

音楽

Israel “IZ” Kamakawiwoʻole

Mākaha Sons of Niʻihauのメンバーを経て、ソロで活動した歌手・ʻukulele奏者です。「Over the Rainbow / What a Wonderful World」の録音を通じて、その歌声は世界中に広まりました。

IZの公式プロフィール ↗